昭和40年07月20日 朝の御理解



 信心には、生き生きしたもの、生き生きとした信心の喜びというものが、なかったならば、信心の値打ちはない。そこにはどうしても信心の生き生きとした体験、生き生きとしたおかげを、私共の生き生きとした心で、受け止めていくとか、タッチして行くという、それがなからなければ。初代の時には、先代の時には、隆々たる御ひれいが輝いておる。見事な御広前が建立されておる。沢山のお弟子さん方も出来られた。
 次々と出社も多くなったといったような教会が、二代になり、三代になってくるにしたがって、生き生きとしたものが欠いでくる。そして無くなって行く。そして、昔の面影が、消えていくような、傾向にあること。またそれが、多いことに、私共は思いをおいて見なければいけない。なぜ、そういう風に二代になり、三代になっていく時に、そういう生き生きとしたものが、無くなって行くかということを。
皆さんが、椛目に御神縁を頂かれて、朝参りをなさる。その朝参りが、生き生きとして有難いものに、一日の活動がこの朝参りから始められると。といったような喜びがです、やはり子供にも、孫にもです。そういう生き生きとした修行というものの楽しさ、有難さと。といったようなものがです。もう、子供に孫に伝えられていかなければいけない。うちも、おばあちゃんが、そりゃもう、熱心なことであった。
 うちのお父さんは、もう何十年朝参りを続けられたと。いやそれが、昔語りになって残っていくだけではいけん。その子が孫がです。それを受け継いで、お父さんが歩かれた道だ。お母さんが進められた信心の道というものをです。継承していく、受け継いでいく。それはただ、金光様の御信心を頂いておるというだけではなくて、そういう生き生きとした修行を受け継いでいくというものが、なかったら必ず、二代が、三代になって行くに従って、生きたものに。所謂、鮮烈なまでの喜びという。
 鮮烈な冷たい岩清水が湧くような、信心の喜びというものは、段々消えてまいりますと同時に、生き生きとしたおかげも薄うなっていく。私共はそこを恐れる。そこを一つ頂いて、そこを子供に伝えておきたいと思う。昨日、大川でしたか、私の親戚になりますところのもんですけれども、最近、パーマを開業しておる。パーマネントです。それはささやかな店を久留米のいうなら場末でしょう。
 花畑あたりかでしょうか、まあ、半年もなるでしょうかね。昨日、参りましてから話しておりますことの中に、ほんとにこの、自分にあった仕事を頂いて居るというこの有難さ。神様から頂いておる仕事をさしていただいておるということの有難さを、しみじみ最近感じると。心の中にああ、こうと、願っておったんだけれど、おかげで、ささやかながら今度の、椛目の御造営にも、招かれんでも、御用が出来るようになったということは大変、それこそ生き生きとした喜びを持って、語っておる。
 開店、そして、弾んだ心。どんなお客さんにでも実意丁寧、いわば、そのサービスをモットーとして、そのやる。自然お客さんも、あの店は小さいけれども、なかなか親切な。と言うて次には、近所の、やはり奥さん達を、いわば導いて来てくれる。紹介してくださる。ですから毎日が一人ではありますけれども、忙しゅう御用さして貰っておる。月に何回かのお休みに、お礼に出てくるのが楽しみである。
 もう、休までもならんというころからでも見える。お客さんが有難いと、こう言う。その気持ちを私は忘れるなとこう言う。いつの間にか、そういう有難い、仕事をさせていただいておることが有難いはずのそれがです。段々薄うなって行って。段々繁盛させてもらったり、おかげ頂いてまいりますとです、「もう、こげん遅うから」とか、所謂、お客さんの選り好みをする様にまでになって来る。ね、
 もう、「忙しか、忙しか、忙しかばぁっかり」というようになってくる。忙しいということが、有難いということになってこない。ところが、開店早々、いわば、半年か、一年の間は、そういうような鮮烈な喜びというものが、お客さんに通うている。通うていくからまたそれが繁盛の元を作って行くのである。それを、持続する。それを持ち続けるということが実は難しいのである。
 それを子に孫に伝えていくということが難しいのである。昨夜、御祈念のあとに、久富重雄さんが話しておられるのです。どういうもんでしょうか、あの、畑の中でいただく、朝ですね、朝、西瓜やらトマトやら、とにかく美味しいそうです。「一遍、先生にもその、畑ん中の、朝の西瓜を食べてもらいたい」ち言うて、いつかそんなことを言うておられた。それは美味しいそうです。
 トマトでもその、ちぎりたてのあすこで、もう頂くとそれがとっても美味しいんだと。いわば、鮮烈な味なんだ。新鮮な味。冷たく冷えておるんである。ところが先生不思議なことにその、同じ畑の中にですね、もう、ツルから離した西瓜、もう、ちぎったトマトがそこにあったんでは、もう美味しさはないと、こういわれる。そこなんですよね。初代の時には、先代の時にはです、隆々たる御ひれいが輝いた。ね、
 身一つから、それこそ立派な御広前が建立された。沢山のお弟子さんが出来た、出社も出来た。その時代というのは、その例えば御広前の信心というのは、ほんなものだった。ちょうど、朝の西瓜を畑で食べるような味わいのものであった。鮮烈なもぎたてのトマトを頂くような味わいであった。それが、段々もう、畑の中においてはあっても、ツルはかかっておっても、もうその、根から切れておる。ツルから切れておる。
 そこに新鮮な味わいというものがなくなった。教祖の神様も、信心はおかげを受けたときのことを忘れなければ楽です。というような意味のことを教えておられます。教祖の神様が。信心させてもらうようになって、なんにも分からなかった、信心のしの字も分らなかった者が、様々な難儀のことから、お導きを頂いて、そして、これをお神様のおかげかというものであろうかというような、おかげを頂いて、体験させて頂いた頃の、信心の有難さ、鮮烈さ、それこそ岩清水の湧いて出るようなものであった。
 そういう時のことを忘れなければいいと。ところがです、開店早々の頃のあの、緊張したというか、どんなお客さんでも大事にさせてもらうという気持ちがあったんだけれども、段々それが無くなっていって、御商売が繁盛しておかげを頂いておっても、そこに、昨日、親戚のこが申しておりますようにです、仕事を頂いて居るということは、こんなにも有難いものだろうかと。というものが欠けてくる。
 どうしたことだろうか。昨日の朝、御夢の中に、長男が頂いておりますお知らせに、一刻一刻がです、枯れていく、無くなって行く、いわゆる、死んでいく宗教では駄目だと。一刻一刻が生まれてくるという信心でなからねばならんと。一刻一刻が生まれてくるという信心。一刻一刻が生まれてくるような信心をさせて頂いておるだろうかと。お互いが。ね、何々宗、何々教といったような物がです。
 長年の伝統を誇っておる宗教がです、ただ、ガランドウだけが残っておる、といったような宗教が沢山あるでしょうが。幾らも。ね。生きたものを何にも感じることが出来ない。これなんかは、一刻一刻が死んでいったんです。残骸なのである。もう、宗教の値打ちはないんである。人の心を救い助けると、奇跡的な生々しいまでのおかげといったようなものがもう、無くなってしまった宗教なんである。
 教祖の神様はそこん所を、日に日に生きるが信心なりとこう仰っておられる。日に日に生きるが信心なりと言う様な信心はどこから生まれてくるか、どういう信心から頂けるかと。ね、例えて申しますならばです、椛目でほんなら10年なり15年なりの信心を続けておってですたい、日々の御用の中にです鮮烈さを欠いてきておるとするならばです、もう日に日に生きるが信心なりという事が段々薄うなっていきよる証拠です。
 今日の頂く御用というものの中にです、ね、ここに御用を頂いておるということである。健康であるということである。へいおんである、無事であるということが、有り難いというものがです、生まれてこない内容の信心であるとするならばです、それはもう、こっこくが死んでいっておる宗教であるから、そんな信心だったら決して、子供に孫には伝わっていかないと言うこと。
 うちに、見事に御神様をお祭りさせて頂いておるから、拝むことやら、金光様の信心を頂くということはです、残るに致しましてもです、二代になり、三代になって、なら、教会が潰れてしまうという訳じゃなくてもです、残っておりましても、鮮烈さを欠く、奈良の松島ではなくなってくるということはです、信心にうまれて、刻々と生まれてくるというような信心が、欠けてきておるからだと。
 確かにそんな理屈の上ではです、おかげを受けたことを忘れなければ、楽なのであるけれども、それが、自ずと、信心が怠慢になる。ね、頂いておるおかげが当たり前のようになって、拝むことだけは、参ることは参っておるけれども、なんの、生々しいものがなくなってくるということが、怖いのである。所謂、どうでも思わせて頂くんですけれども、そういう生き生きとした信心を持続する。
 もち続けるという事の為に、お互いが工夫するという事も大事ですけれども、ね、日に日に生まれて来るという事の信心が、楽しいという信心に成らなければいけないと言う事。それにはどうでも、私は、修行をおろそかにしてはならないと言う事。信心に修行は付きものであると言う事、ね、何時も絶えず自分が少しは、きついと思われる様な修行を、何時も心の中に、また形の上になしていかなければいけない。ね、
 そこから私、生き生きとした信心の喜びというものが、感じて感じる事が出来る。ね、一刻一刻が死んでいくのではなくてです。ほんとに何年前の事を思うただけでも、心の中に鮮烈な喜びが湧くと言う様なおかげ。おかげを受けた時の事を忘れなければ、おかげがあるけれども、ね、覚えておると言うだけではなくて、その事を思い出したら、心の中から湧いて来る様なもの、それを頂きよる為に、私共がいよいよ修行を怠ってはならないということであります。
 そしてその修行がです、ね、何時までたったらこげな修行ばせんなんだろうかと、何時まで、こんな朝参りを続けんならんだろうかというのではなくてです、その修行が楽しゅて堪らん様なものがです、雰囲気で分からなければならないと。そこに私は子供や孫の事まで思うです。ね、そういう修行させて頂くということの中に、信心を継承させてもらう、信心を受け継いでいく者が、私は頂けていくのじゃなかろうかと。
 そこに二代よりも三代と言う様にです、生き生きしたおかげ、ね、御道の信心それの前線であるところの御本部、教祖様から二代様、そして二代様から三代様と、皆様がご承知の通りのご修行が日々続けられておる。そして十四代様にそれが頂き抜かれておられるというところに、私は本部にお参りさせていただけばです、そういう生き生きとした鮮烈なまでの、喜びというものを感じる事が出来るのじゃなかろうかと。ね、
 ところがそれが丸々、丸々というがそういう教会になってまいりますとですたい、先代が続けられたそういう修行を、いつの間にかおろそかにしている。何時お参りしても御結界がだあれもござらん。そういうものにこう二代や、三代がなって来る所へですたい、ね、生き生きとしたものを欠いて来る。いうなら西瓜やトマトがです、その西瓜が切り落とされて、それは朝畑の中にあってもです。
 もうそれはつながりを持ったところの、ツルに繋がっておるところの、西瓜との味がもう低調に違うようになってきておるものじゃなかろうかと私は思う。ね、もう一つ皆さんの信心がです、これで続けられておると、その子供達が、たとえば、「お父さん共のごつはできん」というのではなくてですたい、なぜそういうように、言うたり、思うたりまたは、(      )ね、
 もううちの親父はあれは、道楽じゃけんというようになって来たらです、もうそのお父さん自身の信心がです、ね、その修行の中に生き生きとしたものを感じらんという事です。修行の中に有難さが楽しさがです、感じれんという事なんです。愈々心の中でです、何時までこれを長い間続けんならんじゃろうかと言った様なものが、いわば倦怠を感じておる、または怠慢になっておるから、それを分る事が出けんのである。
 手繰って見てみれ同じ畑でたぶっでも、ツルに繋がっておる西瓜と、切り落とされておる西瓜とはこんなに味が違うという、その味を私は分からせて頂けたらです、ね、やっぱその、お父さんの信心に繋がっていかなければおられないと言う様な事になってくのじゃないのだろうかと私は思う。どうでもその見本だけの信心に留まっちゃならんですから、ね、そのツルに繋がっていく信心、であって始めて私は新鮮な味わい。ね、朝の畑で頂くところのトマトの、美味しさといったようなものがある。
 ほんとに、仕事を与えられているということがこんなにも有難いことだろうかと、日々喜びを持って、その御用を頂いていくことが出来るおかげが、私は受けられることが出来るとこう思う。私共は、修行をもう一遍再検討して、修行はしておる、ただしその修行の中にです、そういうような鮮烈な喜びというものが、あるかどうかということを、確かめてみて、ね。もし、でないならばそこに、工夫を一工夫がなされていかなければならないということですね。
 これは、皆さんの修行をご覧になってからです。ね、成程二代になり三代になってからああいう風に生き生きとしたものを欠いてくるとするならば、ここは自分の家だって考えなきゃいけないです。為にはです、そういう事ではないおかげを頂くためには、どういう信心をさせて頂いたら良いか、そういう修行にならせて頂いたら良いかということをです、本気で考えて見なければ、いけないのじゃないでしょうか。有難うございました。